11.ファーストキス |
初めてのアスランからのアクションにキラが笑う。その瞳は異常だった。そこでアスランはやっと目の前の男が本気で自分を襲おうとしていることを察す。アスランは一瞬躊躇したが、覚悟を決める。 キラが再びアスランの腕を掴もうと手を伸ばした瞬間、彼女が勢いよく振り向いた。カガリが手を差し伸べているが、アスランはやはりそれを取らなかった。その代わりにネクタイを引っ張っている。 「え……」 キラは目を疑った。同時に静まりかえっていた周囲から声が上がる。囃し立てる声が耳についた。 アスランはカガリにキスをしていたのだ。ネクタイを引っ張り、彼を屈ませて。目に映ったものは青と黄色。キラは驚きにより動くことも忘れてしまった。アスランがゆっくりと唇を放すと、カガリが後退りをした。 アスランの薄い桃色の唇に視線が集中する。カガリがかなり動揺しているのに対し、彼女は平然そのもの。何もなかったようにカガリに詰め寄る。無表情で今度は何をするのだろうと周囲が期待を向けると、アスランは金髪の彼の手を握った。 「いきなりすまない。でも……俺はお前が好きなんだ。ずっと前から……」 「へ?」 「迷惑……か?」 アスランが小首を傾げる。カガリの顔は真っ赤だった。触れたばかりの唇に軽く触れると、鼻の穴を膨らませている。 「迷惑なんて……!俺も、俺もアスランのこと、ずっと」 語尾は言えずにカガリが俯く。握られていない方の手で彼女の手を包み込んだ。キラはそれを無言で見ている。後ろで馬鹿にする声が聞こえたが、反応する元気もなかった。 アスランが他の人間とキスしたことに驚いているのではない。カガリに、今狙っている女がキスをしたから怒りを覚えているのだ。カガリはいつだってキラの引き立て役だった。幼い頃から彼に負けたことなど一度もない。勉強でも、スポーツでも音楽でも、付き合った女の数も、全てキラの方が上でカガリの女や思い人をキラが奪ったことはあっても、逆はなかった。 怒りに震えるキラをシンがぼんやりと眺めていた。すぐに奥で微笑み合うアスランとカガリに視線を移す。キラがアスランと愛し合いさえしなければよかったというのに、どうしてか心が締め付けられた。それは段々と痛みに変わり、一瞬突くようなものになった。痛みに胸元に手を当てるがすぐに痛みは消えていった。 *** プレイボーイが敗れた相手は見下していた双子の弟。その事実に立ち直れないキラは授業を他所に屋上に来ていた。街を見下ろせるほどの景色だが、いまはモノクロに見える。 ――カガリに負けた。カガリなんかに こんなに悔しいと思うのは生まれて初めてだった。怒りに鉄の手摺を蹴り上げる。不思議と足に痛みはなかった。 「八つ当たりかよ」 後ろから浴びせられた声に聞き覚えがあり、キラはゆっくりと振り向く。底にいたのは黒い髪に紅い瞳を持つ自称息子。キラの目を付けた女との未来から来た子供だというが、彼は全く信じていなかった。 「いい気味だな。アンタ」 「困るでしょ、君。僕と彼女がうまくいかないと生まれてこないんじゃないの?」 もしかして双子だから生まれてくるのかなと付け足した。口調とは裏腹に声は恐ろしく低く冷たい。シンを睨み付けると鼻で笑った。挑発してもシンは動かなかった。 「俺は母さんの幸せのために来たんだ。アンタは俺たちの苦労なんて知らないくせに……父親ぶるな」 今度はシンが声を張り上げる。その姿に自分を重ねた。パーツ一つ一つは似ていないが、一瞬、自分と重なった気がした。母親にそこまで言えるのが少し羨ましくも思えた。 「父親ぶった?……僕、君の父親じゃないの?」 「……俺に父親はいない。母さんが妊娠しているときに捨てたんだ!」 キラは黙る。なんて最低なのだと思っても、自分ならばやりかねない。きっとラクスの元へと走ったのだろう。 「だから俺はアンタを殺すか、俺を作らせない。母さんが不幸になる未来を阻止する」 殺意の籠もっているようには見えない彼の真っ赤な瞳。それは緑の彼女とは違った意味で吸い込まれそうになる。出会ったときに一瞬だけ向けられた瞳をキラは覚えていた。 「俺は、生まれちゃいけない存在だ。俺のせいで母さんは苦労した。アンタのせいでおかしくなった!」 確かにキラはアスランに愛情はなかった。ただ見た目が綺麗だからという理由だけで彼女を標的にした。抱きたいとは思うが、それは綺麗な物が好きだからこその欲求である。手にした瞬間にもういらなくなるのだ。 一生一人を愛し続けるという誓いをしておいて、その日に破るくらい嘘つきで女癖が悪い。かといって女が好きなわけではない。本当は憎んでいるし、嫌いだ。だからラクスの傍にいる。彼女だけは特別だった。何も言わずに包み込んでくれる。そんな彼女がキラには必要なのだ。 キラはシンの瞳が似ていない色をしているのにどこかアスランに似ている気がした。冷たさの中に隠された意志の強さはまさしく彼女の物だった。そして影を見せるその姿がどこか自分の暗い部分をそのまま映し出しているようで彼からすぐに目を逸らした。 |
12.camouflage→ |