09.噂


学校一女好きなキラ・ヤマトが学校一男嫌いなアスラン・ザラをターゲットにしたという噂が広まるまでにそう時間はかからなかった。

キラ・ヤマトといえば容姿がいいから、とてつもなく異性からもて、目をつけた女は全員口説き落として女にし、飽きたらすぐに捨てる最低な男。泣いた女は数知れず。年上の女相手に援助交際をしてお金を稼いでいるとか、彼に振られた女のひとりが自殺したとか、妊娠したという女の腹部を蹴り上げたとか、彼の噂と言えばいいものはほとんどない。

対するアスラン・ザラは父親が次期総理大臣最有力候補で国内トップレベルの頭脳をもつ。その上容姿端玲で運動もできるときたら大抵の男は落ちてしまう。その頭脳と容姿と権力の三つを兼ね揃えた彼女に何人もの男が挑んでいった。しかし全員見事に敗北。男をどこまでも低能な生物と見下し恋や愛など信じないその態度は冷え切っている。彼女の噂は極端で実はアンドロイドだとか、マフィアのボスと結婚していたけどその男が死んで今は未亡人とか、実は某国のスパイとか誰が言い始めたのかはわからないが、言われる彼女自身にも原因があるだろう。

そんな絶対に交わらないような二人のどちらかが勝つのかはまわりにとってはいい暇つぶしで校内ではどちらが勝つのかが賭けられるというほどの話題になっている。今のところ四対六でアスランが勝利すると睨んだ人間の方がやや多い。

その理由にシン・アスカの存在があった。彼はアスラン・ザラの遠い親戚らしいけれど、アスランのシンに対する態度は他の人間とは明らかに違っていた。それが噂されるようになったのはごく最近なのだけれど、彼女から話しかけることが多くなってきたというのが大きいだろう。

相変わらず表情の変化は見られないがよくシンと会話をしているのを見かけるシンはアスランの唯一の友人であるカガリ・ヤマトをよく思っていないのかカガリが話しかけても全く話そうとしない。同じくキラに対しても敵視しているようだ。

キラはアスランを口説こうとするがいつもシンに阻まれ失敗する。しかし偶々シンがいないときにアスランに話しかけてもアスランは全く無反応で視線を向けることもしなかった。迷惑そうな顔も嫌いだと言う言葉もない。キラが口説いてこんなに落ちなかった女は初めてだろう。どこからともなくもうそろそろ諦めるだろうと言うことが噂されていた。

「アスラーン」

いつものようにアスランにまとわりつくキラの声を聞こえているだろうに本当に耳に届いていないような態度を取るアスラン。黙々と本を読む姿に昨日とは違う点を見つけた。アスランが読んでいたのは昨日とは違う本のようだ。キラが彼女を口説き始めてから本が変わったのは三度目だった。

彼女の読む速度が速いのか、キラが梃摺るのか。恐らく両方だろう。

「本読むの速いよね。頭いい人ってそうなのかな」

返ってくる言葉など勿論なく、ただうるさい雑音だけがキラの耳に届く。普通の会話くらいしてくれてもいいと思うが彼女はいつも通り黙ったままだった。シンはどこかに行っているらしく、彼女に話しかけるのにも打ってつけだと思ったけれどあまりの反応のなさにそろそろ限界が近づいている

涼しそうな表情を浮かべている彼女を無理矢理犯してやったらどんな顔になるだろうか。泣き叫んで助けを求めながらも瞳はキラに向くだろうか。

女なんて簡単に力でねじ伏せられる。それで写真でも撮って脅して飽きるまで抱いて。そうすれば彼女は今すぐにだって手に入る。

――そんなので手に入ってもつまんない。

犯した時点で本当にキラを愛するという気持ちはなくなるだろう。キラが欲しいのは体ではなくアスラン・ザラという人格そのもの。体だけ手に入っても何の意味もない。

そしてそれ以上にキラは無理矢理女を襲うことは最低だと思っている。それは馬鹿な男が欲に負けてすることだ。男はより多くの遺伝子を残すことを運命づけられているせいか性に対する欲に負けてそれに溺れてしまう生物。

余裕がない男の愚かな行為は男のイメージを下げていくがキラは自分だけはそんなことをしないという自信があった。

「何の本読んでるの?」

そういいながら半ば強引にアスランの持っていた本を奪う。アスランは抵抗する様子もなく本を手放した。一瞬だけ向けられた瞳は何の感情も窺えない。

「理論物理学かあ……ずいぶんと難しい本だね。女の子が読むようには思えないな」

キラは理論的なことは苦手だし、こんな本は専門外だ。もちろん見開き状態のほんの一部の単語も初めて見たものばかりだった。日本語が語られているはずなのにまったく理解できない内容に目眩がしそうになる。

そしてこの本以上にわからないのはアスラン・ザラだというのは気のせいではないだろう。本を奪われたアスランはどうしているかといえば何をするでもなくただ窓の外を見つめていた。まるでひとり相撲だ。彼女は同じ土俵にいないのにキラだけが戦っているつもりでした。そんなの錯覚で今までしてきたことは何の意味もなしていない。

「アンタ!俺のいない間に何してるんだよ」

後ろから石を投げつけるように尖った声が耳に届く。憎しみのこもった紅い瞳から送られる視線はある意味快感にも思えて仕方がない。アスランもこんな風に痛々しいほどの視線を向けてくれたらいいのに。

「やあ息子」
「息子言うな!」
「イヤだなあ、照れちゃって」
「照れてない!」

キラが笑いながらからかうとシンは面白いまでに反応してくれた。それが嬉しくてわざとらしく嫌がることをする。そうすればシンは顔を真っ赤にして怒りを露わにさせる。キラが怒らせたくてからかっていることも知らずに

彼が息子であるということをキラが信じたわけではない。勿論今も微塵も信じていないがアスランはどうやら認めているらしい。彼はキラを殺そうとしているらしく以前キラの首を絞めて殺そうとした。しかしどうしてか途中で止まってしまい、その隙をついてキラは地面に叩きつけたのだ。

それから殺す気がなくなったのか彼が殺気立つことはなくなったが相変わらず刺々しい態度で嫌われていることが伝わってきて気持ちいいくらいだ。

キラはシンから視線を外して手に持っていた本をアスランに渡そうする。アスランはそれに視線を向け、数秒ほどそれを見やったがすぐにまた窓に視線を戻したのでキラの差し出した本を受け取ることはなかった。



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