08.Duty and real intention


「もう行っちゃうの?」

シーツの中でだるそうにする女に見下げた視線を送りながらキラが制服のズボンを履くと昨晩の相手がその背に声を掛けてきた。

「うん、学校あるし」

できるだけ優しい声で返事をするが手は休めない。彼女は面倒くさそうにシーツから顔を出して煙草を咥える。年上の女は煙草を吸う女ばかりだった。

「いいじゃん、学校なんか。サボっても」

煙草に火をつけて煙を噴かしながらくすくすと笑う女が背中に抱きついてくる。

鼻を掠める煙の匂い。それが制服に付いてしまいそうで不快になった。

正直な話キラは煙草を吸う女が嫌いだ。それは男尊女卑に値するかもしれないが女が煙草を吸うのはどうしてか許せない。まだ女性を知らない頃は大人の女性の代名詞として憧憬していたが、女を知るうちに嫌悪するようになった。だからキラは年上の女も嫌いだった。

「出席日数足りなくなっちゃうし。一応受験生だからね。」

なら何のために嫌いな女とセックスしているのかと聞かれれば答えることは難しいだろう。決してお金のためだけではない。連絡をすればすぐに抱かせてくれるからというのも理由だ。寂しがり屋の年上の女は腐るほど知っている。彼の携帯の電話帳の八割はその寂しがり屋で男に依存する女だった。

そんな悲しい女達を救ってあげていることで彼は自分を満たしている。

「また連絡するから」
「うん。じゃあね」

笑顔を浮かべるキラはマンションから出て行く。昨晩の相手に背を向けるとその顔からは笑顔は消えていた。

女には必ず心の穴というものが存在する。それを埋めるふりをしてつけ込んでしまうのがキラのやり方。どんな女も徐々にキラの虜となる。そうして悲しみや苦しみを紛らわして女を自分でいっぱいにしてしまう。

「……煙草くさ」

吐き捨てるように呟くとマンションのドアを睨み付けた。

女なんてみんなこんなものだ。醜くて弱い。何かで繋ぎとめておこうとする生物。だけど自分はそんな侮っている女という生物がないと生きていけない。そんな自分すら嫌いだ。

いつだって傷を舐めてからわかる。その女の本性が。そこからすーっと何かが引くように感情がなくなってしまうのだ。今までその心の穴を埋めることに必死だったから見えなかったものが見えてきてすべてが夢だったように消え去る。

アスラン・ザラはキラを軽蔑するような態度を見せた。あの綺麗な顔は歪んでも十分美しすぎて、その目付きは凍り付くようなもの。彼女のあの冷たさは何か理由があるはずだ。
今までそうしてきたようにアスランの心の穴を埋めて自分が満足したかった。ただそれだけ。



「ア・ス・ラ〜ン、おっはよ〜」

違うクラスに堂々と入ってくるキラにクラス中の人間が視線を向けた。この視線をキラは嫌いではない。ただ彼女一人だけ昨日と同じように本を読み続けている。余裕をかましていられるのも今のうちだ、と心の中で吐いた。

そのうち本なんてゴミに捨ててキラの腕を掴むようになる。そうなればこちらのものだ。

キラがアスランの肩に触れようとした瞬間、何か別の力がキラの腕を掴んだ。思ってもいなかった失敗にキラが掴まれた腕を力一杯振り解くとそこには思ってもいなかった人物がそこにいた。

「ちょっと静かにしてくれません?うるさいんですけど」
「む……息!!」

驚きのあまり声が裏返ってしまう。まさかこんなところに彼がいるはずがいないとキラは油断していた。いま目の前で確かに同じ制服を着ている人間はまさしく彼の自称息子である。

こうして同じ服を着ているのを見てみると多少似ている気がするがそんなことを言えばカガリの方がそっくりだ。二卵性とはいえ、双子なのだから似ているのは当たり前とも言えるが。

「今日からこのクラスに編入したんだ。アンタとアスランさんを近づけさせないために」

皆に聞こえないようにシンが声を細めながら言う。

どう見ても彼はキラやアスランたちより年下にしか見えないし、この彼の言い分通りなら未来から着たはずだから身分証明など不可能だ。IDカードは無効なはずだし、偽造、改造は重罪に値する。そんなことをアスランがするとは思えない。

だが今自称息子はキラの目の前にいる。目の前でキラの邪魔をしてアスランへの道を遮っていた。それはキラにとってありがたくない。そしてそれ以上に何食わぬ顔で黙々と本を読み続けているアスランがキラを苛立たせた。まるでキラの存在そのものを否定するような彼女の態度は前々から気にくわなかったがこれまで我慢してきた。しかしこうして重ね重ね邪魔が入るとさすがのキラも限界だ。

――本気で落としにいくしかないじゃない

シンの邪魔、とそれ以上のアスランの徹底的な無視のしようは彼の心に火を灯すには十分だった。キラの手にかかればどんな絶対防御の女の子でも一週間もあれば余裕で落とせる。きっとアスランも他の女の子と同じように落とせるだろう。

彼はそう、思っていた。

しかし一週間は簡単に過ぎていき、二週間、三週間経ってもアスランは一向にキラに落ちる気配はなかった。落ちるという以前に会話にすらなっていない。キラがどんなに話しかけても彼女は他の人間と同じように薄い反応をするだけだった。

一緒に住んでいるシンと元から友人のカガリとは多少話すようだが表情が変わることはなかった。彼女の態度から自分なんて端から相手にされていなかったのだと気がつくと傷つけられたプライドは更に燃え上がって退けないところまで来ている。彼女を何が何でも落とさなくてはならなくなった。






***




シンが来てからアスランの生活は徐々に変わっていった。彼は常にアスランの傍にいて、行動を共にする。それは彼がこの時代の人間でないから。そしてそれから彼がアスランを守っているからだ。

アスランはシンの希望を叶えるために生まれて初めて罪を犯した。それは自らが難しいと言ったID偽造――は流石に無理なので他国に移住した人間の家族としてIDを発行するという形。二十年以上前に移住して、死亡し、成長していれば十八歳の子供がいる家庭を裏ルートで検索し、死んだという事実を作業で消去し、あたかも生きているように変え、子供だけが一時帰国という形で仮IDを取得。

そして運良く子供を除く家族全員が海上事故により死亡、息子が現在も行方不明の戸籍が見つかり、それをシンの戸籍に仕立て上げた。

見つかれば刑務所行きは免れないが恐らくそれはないだろう。その息子が生きていてこの国でIDカードを申請しない限りばれることはないし、ばれないように完璧に処理したためアスランがやったとわかる確率は相当低い。

彼は以前からアスランと交流のあった人間ということになっていて、思ったよりもずっと簡単に学校にも編入できた。

ここまでするのには理由があった。シンをひとりにするほうがアスランにとっては心配だからだ。彼女が常に傍にいれば“ザラの娘”の顔が利くし、機転を利かせた言い訳もできるだろう。それに彼の疑いが完璧に晴れたというわけではなかった。

「シン?」

パソコンから目を離したアスランは大きなソファに寄かかりながら小刻みに揺れる黒髪を見やった。その動きですぐに眠っていることがわかる。足を折りたたんだまま上半身が高級なソファに沈んだ。

――まるで小さな子供だな

小さな子供のように胸と口の前で右手を抑えて寝息を立てるシン。そんな彼を横目で見ながら視線を逸らす。小さな寝息が耳に届き、それが熟睡していることを窺わせた。

気を取り直してパソコンに向かいながら来週提出予定のレポートを完成させるために指を動かす。研究やレポートといった類はアスランの専門なためあと三十分もあれば完成するだろう。

父親が海外出張で買ってきたアンティークの時計の針が小刻みに耳に届く。アスランはどうしてかシンが気になってしまうようになっていた。シンがこんなところで眠っていても何の関係もないというのに。

――馬鹿か、俺は……

アスランは手を伸ばしかけて彼に触れる直前でその手を握りしめた。触れてはいけない気がして、関わってはいけない気がして。それからパソコンに向かいながら視線をシンに向けてまた手を伸ばして引っ込めるという行為を三度ほどしてから結局彼の体に毛布を掛けた。

どうしてそんなことをするのか彼女自身だってわかるはずなくて、ただ自分の行動らしくない、と呟いた。





09.