05.Return


見慣れた家は記憶のどの姿よりも新しくて、少し色の違う外壁や彼の知らないものも所々見受けられたが何時間か前に飛び出した我が家だった。

二十年近く未来の姿を知っているからかどこか真新しく感じる門や屋根。そして倉庫で見た写真の通りだ。アスランがセキュリティを解除している間シンはその背中を眺める。彼の知る母とは性格や口調が異なるが後ろ姿はやはり彼女そのもの。女手ひとつで育ててくれた母親に間違いない。

母親を幸せにするために彼は時空を超えてやってきた。彼女の未来を知っている人間だからこそ彼女を幸せに導ける。彼女に拒絶されようともシンは突き進む覚悟を決めた。

ロックが解除されて大きな門がゆっくりと開かれる。門の手前にはカメラが配置されており、セキュリティが高いことが伺える。

それは彼がいた未来もそうだが、このセキュリティは異常すぎる。門だけでもカメラが一台だけでなく三台設置してあるというのは些か警戒しすぎではないだろうか。

そんなことを考えているうちにアスランは敷地の中に入っていき、門が閉まっていく。シンも彼女を追うように広大な敷地に足を踏み入れた。

後ろで門が閉まる音がしたがアスランは気にするでもなく歩き続けた。門から屋敷までは歩いて三十秒ほどの距離がある。家の中にしては長い道に沿うように植えられた色とりどりの花。ザラ家専属の庭師が定期的にやってきて植えたり育てたりしているものだ。この時代の庭師には幼い頃に色々な話をしてもらった。

その庭園に目を向けることのないままのアスラン。美しく咲いてもちゃんと見てもらわなければ意味がないように思えて仕方がない。

門同様屋敷にも高度なセキュリティが完備されており、やはりここにもカメラが何台か設置されていた。

アスランは指紋を適合させた後IDカードをスキャンし、更に音声適合ボタンを押した。

「アスラン・ザラ」

そうしてやっと屋敷の扉を開ける。左右対照的に広がる屋敷には人の気配はなかった。ゴミひとつ許さないようなホールを抜け二階に上がるとつきあたりの一室を案内した。

正確には案内したというより、ただドアを開けただけなのだが結果からすれば案内されたのだろう。

この部屋はシンがいる時代でもゲストルームとして使われているがほとんど使われることがない部屋のひとつ。日当たりが良くてよく庭園が見える場所。それはこの時代でもそうらしい。

「母さ……」
「その呼び方はよせと言ったはずだ。何度も言わせるな」

突き放すようにアスランが言うとシンは言いかけた言葉を引っ込めた。

「食事ができたら声を掛けるからそれまでここにいろ。少しでも変なことをしたら警察に突きだしてやるからな」
「……は、はい」

アスランの瞳は真剣そのもので、それは素性の知れない人間を家に入れたことを警戒しているように見える。それは勿論誰もが考えることだが、アスランが言うと怒鳴っているわけでもないのに従わざるを得ないような感覚に陥った。返事を聞くとすぐに部屋を出て行ったアスランの背中を見つめながらシンは服の胸元を掴む。それから倒れ込むようにしてベッドに身体を預けた。最高級のベッドはキングサイズで普段使わないのが勿体ないくらい。だがゲストルームだからこそ最高のもてなしを心がけるのもわかる気がする。

彼が向こうから持ってきたものは少ない。試作品のタイムマシンであるトリィと証拠として持ってきた何枚かの写真。それとIDカードだけ。

その中のひとつであり、着地の際に壊れてしまったトリィをポケットから取り出し手のひらに乗せた。黄緑色をした鳥形の玩具にしか見えないそれを長年彼の母親は研究し続けていた。

過去に戻りたいと強く願っていたのはおそらく母親なのだろう。過去を悔やんでいるから研究に没頭していたに違いない。彼が幼い頃から母親はいつも研究ばかり、それが寂しくて反発していた。

トリィを出窓に置くとシンはそっと胸元から写真を取り出した。シンと母親であるアスランが写っているもの。笑顔のアスランに肩を抱かれているシンは恥ずかしそうに、だけど笑っていた。

この写真に写る彼女と、彼を認めない彼女のどちらもアスラン・ザラであることにかわりはない。ただあまりにも違う人間に思えて仕方がないのだ。髪も目も顔も声も香りも一緒なのに別人の彼女はどうやって変わっていったのか。

決して笑わない彼女が本当のアスラン・ザラなのかもしれない。彼の知っている母親が無理をして偽っているアスラン・ザラなのかもしれない。

写真を賺すように天井に掲げて、そっと指を離す。ゆらゆらと落ちていく写真を見つめながらそっと瞳を閉じていった。





***



何度ノックしても反応のない室内にもう一度ノックをしようとしていた手が止まった。まさか、と思いドアを開ければ暗闇の中から小さな寝息が聞こえてくる。それに安堵しながらキングサイズのベッドで大の字になって寝転がる少年を見おろした。

「おい」

アスランが声を掛けても反応はない。よほど疲れていたのだろう。しかしアスランはそんなことは知ったことではない。もう一度、今度は先ほどより大きな声で呼びかけた。

ぴくりと動く目蓋が動く。そのうち大きく広げていた腕も小さく動いたのでそのうち目が覚めるだろう。

「んー……か、さん」

今日何度その名で呼ばれたのかわからない。意識的に呼ばれたものではなく、限りなく寝言に近いものだろう。

「食事出来あがったぞ」

薄く瞳を開ける彼にはっきりと聞こえるように言えばシンは目をこすりながらゆっくりと起きあがった。それを横目で確認したアスランは薄い水色のカーテンを閉め、彼のことを気にも留めずに歩き始めた。





06.トリィ