03.Fateful encounter |
違和感のあるドアノブの感触。向こう側から力が加わり、顔だけをリビングの中心に向けていたアスランは思いの外軽いドアノブに引かれてバランスを崩してしまう。 どうにかバランスを保とうとドアを掴もうとするけれど届かずに空を藻掻くような形。それから現れた“黒”が何か判別することもできずにぎゅっと瞳を閉じる。 何かにぶつかった感触とともに弾かれた体に小さな悲鳴をあげた。 腹部から腰に掛けて包みこまれるような違和感と床に着いていないことに驚きを隠せないアスラン。視界には日に焼けた腕と茶色い髪。 「わ……びっくりしたぁ」 大丈夫?と発する声は男のもの。支えられた状態のアスランが振り向けば見えたのは整った顔立ち。どこかカガリに似ているが雰囲気はまるで違う。 後ろにいる青年は彼女の視線に気がつき微笑んだ。同じ学校の制服を着ていることから学校は同じなのだろう、しかし全く知らない青年は制服を着崩し、ボタンなど三つめまで開けている。そのだらしない格好に彼女は眉を顰める。 紫色の瞳はまっすぐ彼女を映し、少し日に焼けた腕は未だにアスランを軽々と支えていた。体からは仄かに香水が漂い、そのすっきりとしたにおいがアスランを包む。香水を好んで付けない身としてはにおいが移るのではないかと一瞬考えた。胡散臭い笑顔が鼻につく。 アスランが不快そうに視線を逸らすと青年は鼻で笑う。それが更にアスランを苛つかせた。 「帰ったのか、キラ。早いな今日は」 「ん、たまにはね」 カガリの嫌味もさらりと流してしまう彼はアスランの腰を抱きしめたまま何のこともないように言う。 軽い口調で当然の如く体に触れてくる彼を蹴り飛ばそうとアスランは肘で彼の腕を振り払った。しかし彼を蹴り上げるまでには至らず、睨み付ける。 「……キラ・ヤマト。アンタが」 シンは今までとは違いその瞳に憎しみを宿し、拳を握る。 もうひとつの目的を果たすためにしなければならないことが彼にはあるのだ。紅蓮の瞳に映るのは青年の姿と憎しみという名の炎。炎が灯されるとシンは青年に向かって突進する。古い家が悲鳴を上げた。 「ンの野郎!」 拳を掲げ、低姿勢で攻撃を仕掛けてくるシンにキラが受け身を取ろうとして腕を放したのでアスランはすかさず彼から離れた。 いきなり殴りかかろうとする少年にキラは怪訝な顔を浮かべる。それから襲いかかってくるシンの腕を掴み、いとも簡単に捻りあげた。 「うっ……」 「いきなり何……君?」 キラはシンの腕を掴み徐々に力を入れていく。そのたびに痛みを訴えるようなシンの息づかいが聞こえた。シンが痛みに耐えている隙にカガリが彼を押さえつけるがそれでも暴れてキラに殴りかかろうと藻掻いた。 「離せ!この野郎!」 後ろから押さえつけられているにもかかわらず獰猛な表情でキラを睥睨するが、キラは彼を蔑視するように見下ろした。彼の憎しみを駆り立てるだけというのをキラはわかっていて得意の笑顔を作ってみた。 「カガリ…誰この子?ていうか何この格好、コスプレ?」 嘲るその表情を作りだし少年を挑発してみる。案の定顔を真っ赤にして怒りを顕わにした少年がカガリから逃れてキラに危害を加えようと荒々しく手足を振り回すがあと少しのところで届かない。 キラがわざと手が届くか届かないかの微妙な位置に立っていると知ると更に怒りが込み上げてきた。 「離せっ!俺はこの男を殺すためだけにきたんだ!」 アスランは彼の矛盾に気がついたが口には出さない。先ほどは彼女を幸せをするためだけと述べた彼だが今はこの男を殺すためだけに来た、と言っている。しかし彼の瞳は馬鹿にされて弾けたものではなく、まるで積年の恨みがあるように感じた。未来の息子を名乗る彼の話を鵜呑みにするわけではないが何かがある、そう勘が働く。いずれにせよ彼女自身に関係のある問題ではない。いま揉めているところでさっさと帰ってしまおう。 カガリはシンを押さえつけながら何が何だかわからなくなっていた。未来の息子の気性の激しさといい、自分勝手で冷徹な将来の妻アスランを背負う将来がとてつもなく心配だ。だがこの状態を打破しなくてはならない。シンの目は尋常じゃないほど見開いて充血しているところから本気でキラをも殺しかねない。 「いい加減にしろ!父親の言うことが聞けないのか!」 カガリが叫ぶとシンは驚くほど静かになり、意外にも父親の威厳があるのだと内心ほっとする。学校指定のブラウスにシンの服の汚れが付いてしまったが気にするほどではなかった。 「…はははっ、何それ。超笑える。この子カガリの子なの?」 「それは!」 馬鹿にするキラの口調。これが挑発だと言うことは長年見下され続けてきたカガリだからこそわかること。 いちいち人の頭にくるような発言ばかりをするキラにいつだってカガリは我慢してきた。弟を言い負かせることができるのならしたいがキラの狡賢さと世渡りのうまさは持って生まれたもので曲がったことが嫌いなカガリには到底太刀打ちのできるものではない。 「いつ子供なんて作ったの?ヘマするなんてホントに馬鹿な君らしい」 せせら笑うキラに顔を真っ赤にするカガリ。そのカガリを目を細めながら睨み付けるシン。その視線にカガリは誤魔化すように笑った。キラのように笑顔を作るのは苦手な彼の作る笑顔は引きつっている。 「何言ってんだよ!アンタなんか俺の父親じゃない!」 「は?だって、お前……ヤマトって」 いきなりのシンの発言にカガリは戸惑いを隠せない。直感で絶対に自分の息子だと思っていた彼にとってそれはシンがヤマトと名乗ったときの何倍も衝撃で、心底がっかりする。 シンと言えばカガリの意外な言葉に更に頭に血が上る。こんな男に父親面をされて黙っていられるほど大人ではない。それを許しておくのは我慢ならなくて食いしばっていた歯を解き、空気を吸うようにして口を開いた。 「俺の母親はアスラン・ザラ。父親は……キラ・ヤマトだ!」 シンの言葉に帰ろうとしていたアスラン、馬鹿にした目で見ていたキラ、息子とコミュニケーションをとっていると思ったカガリ三人とも固まった。 シンは息を切らしながら呆然とするカガリの腕を振り払い、それから自分が口にしてしまったことの重大さに気がつく。頭に血が上っていたとはいえ自分の父親を暴露するなんて自爆行為だ。しかし後悔するには遅すぎた。 |
04.キシリトール→ |