「一緒に……寝てるんだろう?」

普通の同性親友なら別に疑うこともないけれどキラとアスランは特殊だ。カガリにはわかる。キラがアスランをカガリの代わりに慰めるという名目で彼と関係を持っていただろうと言うことはファミレスでのキラの様子でわかっていた。

なにか理由を付けなければキラもアスランも決して関係を持つことはない。それは長年利用されていたカガリだからわかることだった。逃げた今でも自分自身が利用され続けていることが悲しい。

アスランに抱かれたのは一度や二度ではないから猶更自分が虚しく感じるのだろう。逃げても逃げても苦しくてどうして誰もカガリというひとりの人間を見てくれないのか嘆いた。

認めたくないと言いながらキラがアスランを見る瞳は憂いを帯びている。それは恋愛に対する不安だろう。同性同士の恋愛が生み出すものは何もない。

カガリだって認めたくなかった。それは自身を否定してしまうから。だけど偽りの幸せで笑って暮らすことなどできるわけがない。はっきりさせるしかなかった。

「カガリ……違うんだ」
「アスラン」
「キラは俺のことを思って……カガリのことに責任を感じて無理に……だからキラは悪くないんだ」

キラはカガリの代わりをしてアスランを慰めただけだ。それに恋愛感情は皆無だった。義務のように動かされる手に熱はなく、ただアスランだけがひとりで熱を感じていただけだった。

「……君があの日来なくて、キラは泣いていたんだ。泣いてくれたんだ。俺の代わりに」

どうして謝るの?どうして泣かないの?そう言いながら代わりに泣いてくれるキラがどんなに心の支えだったか。

「アスラン……?」

語りはじめたアスランにキラが困惑の声をあげた。何を言い出すのかわからず、彼の気持ちもわからないから心拍数が上がっていくのが自分でもよくわかる。彼の言葉をどこか期待している自分が存在して、自己嫌悪に陥った。

「はじめは君の代わりをしているんだと思いこんでいてた。思いこもうとしていた。でも……君の言葉がずっと引っかかって……それで」

本当は気がついていた。いけないことだと。だから理性が働いて彼への想いを無意識に封じ込めていた。きっとこの想いを伝えたらキラは笑ってくれないから。もう代わりに泣いてくれないから。

「すまない……カガリ」
「馬鹿、謝るな!!」
「しかし」
「謝るな!よけい私がっ……惨めだろう!」

そう言いながらカガリはアスランの頬を殴った。殴ったのはカガリの方なのにまるで殴られたかのように顔をゆがめて涙を堪える。それから「馬鹿だな」と言いながら笑ってアスランを抱きしめた。




***




2人になったマンションには沈黙が続く。無意味にカップを念入りに洗い終えたアスランはキラの様子をうかがうようにリビングに視線を向けた。キラはテレビを見るでもなく、本を読むでもなく、ただそこに座っていた。

それがアスランには恐ろしい。キラの気持ちはわかっている。先ほどカガリにあんなことを言わなければ先も変わらずキラと暮らせていたというのに。

「キラ……」

声を振り絞ってアスランが呼ぶとキラはゆっくりと顔を向けた。その表情は笑顔だが作り物だというのはすぐにわかった。ああ、終わるととっさに気づく。

偽りの愛情も表面だけの友情も失ってこれからどうすればいいのか。彼女のように失うくらいなら自分から切り離してしまった方が楽だ。

「……もう、いい」
「な……にが?」

いきなりの言葉にキラの動揺がアスランにも伝わる。普段あまり感情を表に出さない彼は一度それが崩れると手に取るように感情が伺える。

キラは何かに焦っているのだと。それが自分にたいしてなのか、姉にたいしてなのかそれとも彼自身にたいしてなのか、そこまではわからないが今まででいちばん焦っているように思える。

彼との関係を壊したくなかった。何よりも彼の傍にいたかった。愛しているから、というよりも彼が大切だから。

彼女が離れていったのも彼との友情が終わろうとしているのも一瞬の感情より不動の親友の座を心から願った自分の邪な心が招いた罰だ。今が潮時かもしれない。

「カガリの代わりはいいから、出て行ってくれ」

キラの目を見ないで言えば彼は自身の声が低くなるのを感じた。目を合わせないのは自分の気持ちを告げてしまいそうになるから。

事情を知らない他人が聞いたらきっと恩知らずなどと罵るだろう。これまで慰めてくれた親友を前触れもなく追い出すなんて。

アスランだってわかっている。自分勝手なことを言っていると、理不尽だと。先ほどの言葉を訂正するように首を振った。

「……すまない。やはり俺がお前に迷惑を掛けたから俺が出て行くよ」

ここはアスランとカガリのマンションだ。だけどカガリの分のお金を出したのは両親で、キラがここに住んでも支障はないはずだ。アスランは自宅に帰ってもいいし、住むところが見つかるまで研究室で寝泊まりしてもいい。

「……カガリが変なこと言ったから?だからそういうこと言うの?」

キラはアスランの腕を強く掴んだ。目を細くする表情は結婚式の時に泣いてくれた表情によく似ている。そして双子だから彼女の泣き顔にもとてもよく似ていた。

「違う。彼女の言葉はきっかけだ。ずっとこのままでいられるはず……ないだろ。それに、お前には悪いが俺の感情は彼女の言ったとおりだ。」

遠回しに言ってもわかってしまうこの重大な一言。キラはどう捉えるだろうか。きっと気持ち悪いと思うに違いない。

「君……」
「すまないな、馬鹿だからなんて言ったらいいか、よく……わからないが。お互いのためにこうするほかないと思うんだ」

親友で終わらせるために。終止符を打つしかない。この想いすべてをキラにぶつけたらきっと軽蔑されてしまう。だからまじめなのに自分の姉に逃げられた馬鹿な元親友で終わらせるしかない。

「どうしてそんなに簡単に認めるの?どうしてそんなに君はまじめなの?どうして君は……君はっ!」

立ち上がったキラはアスランを何度も突き飛ばす。強く掴んで何度も揺さぶってどうして、どうして、と何度も叫んだ。だけど返ってきた言葉はいつもと同じ。

「すまない……」

その言葉に目頭が熱くなる。ずっと否定していた自分がとても小さな人間に思えて仕方がない。

――どうして謝るの?僕にだけは謝らないでよ

「君は悪くない!でも僕は認めたくなくてしかたないのに受け入れるなんて…受け入れられるなんて狡いよ!」
「キラ…」

揺さぶっていた手をアスランの背に回すとキラは力を込めた。ほんの数センチ低い身長が悔しいと思ったのは初めてじゃないけれど彼を包むには十分だった。

「キラ……無理するな」
「認めたくない!でも、カガリが言ったこと……たぶん本当だから……」

彼を慰めてからひとり浴室で自分自身も慰める行為は生理現象だと思っていた。そういう生物だから仕方がないんだと。

本当は快感に酔うアスランに色を感じて彼を欲していた。ずっとそうだったのかもしれない。初めてあったときから彼の色に惑わされて、持ってはいけない感情を持っていたのだろう。

気づかなくて本当は気づいていて、気づきたくなくて。

でも、もう認めてしまおう。

――君が好きだ