インターチェンジツインズ |
毎年開催されるカガリの誕生日パーティーの衣装選びに付き合わされていたアスランは自分のことだというのに全く興味のないカガリにほとほと呆れ返っていた。 「スーツじゃダメなのか」 毎年同じ台詞を口にするカガリに、アスランが横目で睨み付けた。もう耳に蛸である。並べられたドレスはどれも一級品。華やかなものからシンプルなものまで色とりどりだった。シースルーが何重にも重ねられたドレスの裾を汚いもののように持つと、カガリが面倒そうに鏡と睨めっこをする。 「主役がスーツなんて聞いたことがないぞ。これなんかどうだ?」 アスランは端の白いドレスを持ってきてカガリに合わせる。健康そのもののカガリの肌によく似合っていた。 「アスランは趣味が悪いからな。もっと違う奴を連れてくるんだった」 ぼかしもしない彼女の言い方にアスランは眉根を寄せる。色々な人から言われ、最近自覚するようになったが、実はそうらしい。買い物に行くと自分では選ばせてもらえず、恋人が選んだ服しかクローゼットにはない。プラントからオーブに亡命した際は身ひとつだったので服など持ってくる余裕はなかったのだが。 「前と違って俺は准将だぞ。今だってフラガ一佐に任せてはいるが」 「休暇がないからってそう苛つくな。パーティーが終わったらたんと休みをやる。首長権限でな」 何のことでもないようにカガリが言った。上品に彩られたドレスを着た立派な淑女だが、口ぶりは勇ましい。少しオヤジ臭いとアスランは思ったが、もちろん口にはしない。言えば給料を引かれそうだ。 「キラに会えばストレスも解消するだろ。遠距離は大変だな」 カガリがいやらしい目をする。アスランは彼女の言葉を否定する意味をこめて鼻で笑った。 「冗談。折角の休暇だ、昼までぐっすり眠らせてもらう」 「何だ、また喧嘩したのか。お前らも飽きないな」 腕を組み、肩を指で突くとカガリは全てわかっているとでも言いたげな笑いを浮かべた。アスランはそんな彼女を見てむっとする。即座に反論するのはいつものことである。 「……喧嘩っていうか、あいつがひとりで膨れているだけだ」 「でもお前は絶対謝らないもんな。それどころか自分から絶対連絡しない。なんだかんだ言っていつもキラがいつも折れる。で、今回は何が原因だ?」 図星を突かれてアスランは後退りをした。よく見ている。身近なゴシップに楽しそうな声を発する国家元首を横目で一瞥すると案の定先ほどは退屈そうだった表情が期待に満ちたものへと変化している。彼女にとってテレビの中の熱愛報道よりも、弟と友人の恋愛事情の方が気になるらしい。呆れてしまった。 「会議が延長して通信が遅れたら、あいつが臍を曲げた。それだけ」 渋々口を開くと、カガリが嬉しそうに近づいてくる。目が輝いていた。 会議は時間きっかりに終わるわけではない。短時間で終わる会議もあれば、予定よりも長くなる場合もある。その日はオーブの復興活動についての重要な会議だった。それでも用事が終わるとすぐに通信を入れようとした。約束を数時間過ぎてはいたが、仕事なので仕方がないはずだ。通信機に入っていた記録メッセージは三十件。プライベートな記録メッセージの保存容量も三十件である。一件目から全て再生すると、初めは時間丁度に折り返し連絡をくれというもの、次は約二分後にもう一度同じ内容。それから十分経つまでに三件、五件目までは同じようなメッセージが繰り返されていた。しかし彼は四十分も待てなかったらしく、六件目からはどうして約束を守らないのかと憤慨するメッセージになり、十件目には破局の宣告、十五件目にはアスランの欠点、二十件目には何故かアレルギーの話、そして三十件目は一言、もう知らないだった。メッセージを聞いた後、通信を入れると案の定臍を曲げた恋人が一方的に自分を責め立てるという形。アスランが自己中心的な考えを批判するが、いじけたキラは全てアスランのせいにし、自分に非はないと思っている同士激しくぶつかった。 「キラの我儘は寂しがってるだけだってわかってるだろ。会いに行ってやれよ」 「いくら君の頼みでも俺は行かない。そんなことよりドレス!週末にはパーティーなんだぞ。真面目に選ぶんだ!」 諭そうとするカガリを一刀両断し、アスランはショーケースの上に並ぶドレスの前に立たせる。紅いドレスの端を持ってカガリが困惑した表情を見せる。しかしアスランは容赦しなかった。にこやかに早く選べと言っても、有耶無耶にしてしまうはずだ。こうして強制しないと彼女はやらない。強制しないと何もやらない人物をアスランはよく知っている。それは絶交中の彼女の片割れ。 「きょ、去年も一昨年も緑だったから、緑でいいんじゃないか?というか、去年と同じのでいいだろう」 驚いたカガリが緑を探したが、そう言い出すことを見かねてアスランが選択肢から外しておいた。ファッションに気を遣わない彼女の考えなどお見通しなのだ。思惑を読まれたカガリが悔しそうにアスランを睨み付けた。 「そんなわけにいくか。君はオーブの代表首長なんだぞ」 アスランが怒鳴りつけると、夏を思わせる白いドレスにたくさんの皺が集まり、店員が怪訝そうな顔をする。それを見かねたカガリがドレスを奪い、皺を伸ばした。 「冗談だから、そんなに騒ぐなって」 溜息を吐いたカガリは鏡に映る自分を見て首を捻る。高級なそれは無造作な髪型にはお世辞にも似合っているとは思えず、やはり普段着る首長服が一番しっくりくる。思ってもそんなことを言えるわけにもいかず、悩みこんだ。 ラクスとの二人きりの買い物に比べればカガリのドレス選びの方が何千倍も楽だが、ファッションに疎い者同士の洋服選びというのは難航するものだ。カガリが言うようにマーナでも連れてくれば良かったと本気で思った。 「俺はよく似合ってると思うよ」 「毎回全部それだな」 苦笑を浮かべたアスランに流石のカガリも不機嫌そうに口を尖らせる。女性に使ってはいけない褒め言葉と以前ラクスに指摘されていたはずだが、ついつい口から出てしまった。柄にもなく同じ失敗をし、アスランは目の前で膨れるレディに対し素直に謝罪の言葉を述べた。 *** アスランが軍の宿舎に戻れたのはドレス選びに出て十時間後だった。最終手段としてアスハ家からマーナを呼びよせてドレスを選び、オーブ市街のブランドショップを引き摺り回されたのだ。 本来ならばデザイナーに作らせるものだと文句を言っていたが、やはりカガリを着飾るのが嬉しいらしく、誰よりも選ぶのを喜んでいたのは彼女だろう。そして何故かアスランの衣装まで選ぶ始末。マーナに押されて購入してしまった。カガリがポケットマネーで買ってくれるとは言ったが、そこは男の意地。 だが既に後悔しはじめている。着る機会など殆どないであろう服が見え隠れするブランドのロゴの入った紙袋を置くと認証カードを端末に照らし合わせた。 宿舎は三佐より下と一佐から二佐、それ以上と住居区が分かれている。フラガ一佐とラミアス一佐のように夫婦、家族で住んでいる者は人数に相応した広さの部屋が用意されている。だが軍人同士で結婚しても宿舎に住む者はほとんどいない。フラガ夫妻もオーブ郊外に一軒家を購入し、忙しい時には宿舎で寝泊まりするという形を取っている。 以前はアスハ邸に身を寄せていたアスランだったが、正式にオーブ軍に身を置くと共に宿舎へとやってきた。三佐以上の未婚者は珍しく、アスランが住むフロアは四つあるうちの半分は空き部屋、そしてもう一部屋はほとんど人が寄りつかない状態。なにせ彼は宇宙にいるのだ。 隣の部屋を一瞥するとアスランは自分の部屋に入る。リビングの床に倒れないように置くと、ジャケットを脱ぐ。無理に剥ぎ取ろうとするマーナに抵抗し、揉みくちゃとなってしまった。それを椅子に掛け、シャツのボタンを外す。喉が渇いたが、今は疲労困憊した体はベッドに行く体力しか残っていない。 戦時中にもここまで疲労することは殆どない。マーナとショッピングの力は恐ろしいものだ。それでも脱ぎ捨てるようなことはなく、その場で全てを脱衣籠に放り込むと下着だけになってベッドに向かった。シャワーを浴びたいという欲求はやはり却下される。 一人用住居とはいえ階級は准将であるため、それなりの広さが設けられていた。一人で住むには広すぎるとアスランは常々思っている。広い部屋にひとりというのは苦手だった。コペルニクスで帰りの遅い母を待っていたことを思いだしてしまう。寂しい思いをしても朝になれば母は帰ってきた。彼女のただいまという声があるからひとりも耐えられた。しかし今はどんなに待っても誰も帰ってこない。だから広い部屋は寂しいだけだ。それを誰にも知られたくないのも本音だった。嘘は下手だが、本音を隠すのは上手だと自負している。ただひとり見破ってしまう者もいるが。 アスランは広いだけの寝室に移動する。完全な暗闇の中だったが慣れている体は容易にベッドに入ることができる。ひとりで眠るには大きすぎるダブルベッドの中に入ると、やっと完全に気が抜けた。他に誰もいないのに右半分しか使わないのはもう癖となっていた。 シャワーを浴びていないせいか体の奥から解放されるのとは少し違う力の抜け方が少し不快だったが、睡眠欲がそれを覆ってしまう。うとうととするまでに時間は掛らなかった。 しかし彼の睡眠は軍人特有の敏感さで即座に妨げられてしまった。アスランがそれに気がついたときはもう手遅れだった。疲労した体が反応についていけず、ワンテンポずれてしまう。暗闇の中で自分のものではない手に掴まれ、起き上がろうとした体は逆にベッドへ戻されてしまった。 拘束された状態で馬乗りになられ、アスランは身動きが取れない。顎を掴まれると即座に当てられた熱に自由が奪われる。顎を掴んだことで解放された左手でベッドの隣に置いてあるミニチェストに手を伸ばし、ベッドルームの灯りを点けた。 完全な暗闇に目が慣れず、一瞬眩んだが即座に組み敷いている人物が眩しさに全ての拘束を解いた。但し馬乗りになった状態は持続されている。 案の定破局したばかりの恋人がそこにいた。何故かアスランのシャツを羽織っている。明るくなったことで部屋の様子が明白となる。クローゼットのものが床に散乱し、予備の軍服も皺になっている。パイロットスーツのまま宿舎に来たのだろう、ヘルメットとスーツも放り投げられていた。 「おかえり」 上に乗ったまま抱きしめるとキラが少し枯れた声で言った。久しぶりの肌にアスランの背筋がぞくりと反応する。抱き返すことはしなかった。カガリの言うとおり意固地になっていたのだ。 「おかえりじゃない、何でここに……」 言いかけた唇を再び重ねられ妨げられる。重心が傾いたせいでベッドが軋んだ。少し汗の臭いがする。自分のものか、彼のものかわからなかった。 「ムウさんから聞いてなかった?」 緊急発進の報告は受けていたが、異常はないと聞いている。まだ完全に情勢が安定していないため、スクランブルは珍しいことではない。週に一二度はあるのだ。その殆どが異常なしで、訓練とパトロールを合わせたような扱いとなっていた。 アスランが首を振ると、キラはシャツのボタンを外していく。脱衣籠に放り込んであったものを着たのだろうと思うと彼の考えが理解できなかった。シャツを放り投げるともう一度唇を重ねようと首を傾ける彼にアスランは意地悪く言った。 「別れるんじゃなかったのか」 記録メッセージの後の通信の最後にはっきりと言われたこと。それが本気でないことはアスランが一番よくわかっている。そんなことを冗談でも言う彼が許せなかったのだ。アスランは一度も口にしたことはない。傷つくのが怖いくせに自分は平気で人を傷つける。いつまで経っても子供。 「……やめた。仲直り、しよ?」 幼い子供のように小首を傾げて甘える恋人が頬を包む。昔から甘えるときに使う方法だった。毎回こうして意地になるアスランに揺さぶりを掛ける。答えを聞く前に額に、両頬に、首筋に、肩に、唇を落として催促をする。まるで脅しのようだ。大人の唇に片意地を張っていたアスランも根負けし、彼の首に腕を回した。 アスランがシャワーを浴び終わった後やっとキラは起床した。シーツの中蹲る彼は明らかに不機嫌で、アスランは呆れ返った。 「キラ、まだ怒ってるのか」 「アスランの馬鹿」 シーツから顔だけを出し、いじけるキラは十年経っても変わらない。臍を曲げる理由は子供っぽいとは言い難いが。 昨晩あまりに疲労したアスランは途中で眠ってしまったのだ。キラが怒るのは当然で、流石のアスランも謝ったがキラは許してはくれなかった。 「埋め合わせはするから」 素直にそう言うと、殻に閉じこもるキラの腕を引き、シーツごと抱きしめた。軍服の中に収まったキラがおずおずと腕を伸ばす。触れた途端、キラがきつく抱き返す。子供が母親にするような甘えた抱擁にアスランは苦笑した。 「じゃあ誕生日は一日中僕の傍にいて」 アスランは一瞬戸惑って首を振った。抱き寄せた体を引き剥がし、キラが理由を求めた。彼は腕を掴むとまっすぐにアスランを睨み付けている。澄みきった瞳は逆に恐ろしくもある。 「カガリの護衛任務で夜遅くまで離れられない」 「准将がそんなことしなくたって」 最後の方は小さな声となっていた。アスランは俯く恋人に言い聞かせるように優しい口調で言う。 「五人六人が守っているより、俺が守っている方が安全なんだ。カガリも俺なら気を遣わずに済む。わかってくれ」 彼の言うことも一理ある。護衛というものは士官がすることではない。しかし彼女を守るのは自分以外にいないとアスランは自負している。アカデミーで鍛え、その能力が長けていると賞されたこともあった。そして何より一番彼女に信頼されているのはアスランだろう。彼女を支え、守ることが今のアスランの使命だった。そのために軍に身を置いているのだ。 「アスランっていっつもカガリばっかり。僕だって誕生日なのに」 キラは膨れるとまたシーツの中に隠れてしまう。誕生日が一年の中で大切な記念日であることは重々承知だ。それをカガリもわかってくれているため。次の日から休暇をくれると言っているのだろう。 「彼女は国家元首なんだ。これが終わったら休暇を貰えることになってる。そうしたらお前の好きなこと何でもやってやる」 大抵のことはアスランが我儘を聞いてやることで落ち着く。キラは結局アスランに甘えて我儘を言いたいだけだとわかっていた。諭してシーツを剥がそうとすると、キラは更に深くシーツの中で丸まってしまう。ダブルベッドが大きく揺れた。 「誕生日は大切なんだから!」 彼にとって翌日から長い休暇をもらい一緒に過ごすことよりも誕生日を一緒に過ごすことの方が重要らしい。誕生日には今ひとつ疎いアスランにはその気持ちが今ひとつわからなかった。会議の時間といい、今回のことといい、どうにもできないことで機嫌を悪くされたのではアスランとしても困る。度を過ぎた我儘に、流石にうんざりしていた。 殻に籠った恋人を放置し時計を見やると。もう八時をまわっている。多忙を極めるアスランは今日も通常任務であり、慰めようにも時間がなかった。突然やってきた理由も、滞在する期間も聞いていないが出勤時間は迫っている。 「もう軍に戻らなくてはならない。プラントに戻るなら構わないけどオーブに暫くいるのならちゃんとカガリに言うんだぞ」 少しきつい言い方に包まったキラが反応した。何か言いたそうに蠢いていたが、アスランはそれを無視して彼に背を向けた。パイロットスーツのままやって来たことから、彼の行動が突発的なものだったことが推測できる。 オーブ軍とザフトの両方に身を置くキラは自由に行き来していた。拘束力はラクス・クラインとカガリ・ユラ・アスハのみあるが、彼女たちも基本的にはキラの自由にさせている。だがオーブにはアスランがいるためプラントに身を置いている方が殆どであった。特に国のリーダーを失ったプラントはまだ安定していない。アスランも当初はオーブから派遣されたものだった。そのためキラが何故急にオーブに帰ったのか理由がわからない。その理由を聞く時間もなく、何か言いかけたキラを背にアスランは部屋を出た。 |