空を仰げば、彼に手が届くような気がしてアスランはそっと手を伸ばした。

遠い自分の故郷にいる彼に届けばいい、と思いながら。

決して届くはずなんてないのに。

「アスラン」

後ろから声を掛けられてアスランは振り向いた。声の主はわかっている。

「どうした、カガリ」

カガリは風に靡く黄金の髪が少し邪魔そうで目を細めた。そしてすぐに彼女の瞳に色が灯る。

「こんな所でサボってるなよ」

カガリは無理に笑顔を作ってそう言ったようだ。アスランは彼女の無理な笑顔を幾度となく見てきた。最初の戦争で父親を亡くしたときも無理に明るく振る舞おうとしていた。キラと双子とわかったときも困惑を隠し笑顔を見せていた。

不器用で自分とそっくりだ。

「すまない。今行くよ」

カガリにこんなに気を遣うようになったのはいつからだろうか。出逢ったばかりの頃は彼よりもカガリが心の拠り所だったというのに。ラクスから現実を突きつけられて、父に背を向けて、そんなアスランを包んでくれたのがカガリだった。

「悪かったな」

カガリが小さく呟いた。もう一度風邪が吹く。オーブに咲く名もない花々がざわめくように揺れた。

アスランはカガリがどうして謝るのかわからなくて目を細める。

「…行きたかったんだろう、プラントに」

少し溜めてからカガリは口を開いた。

アスランは風に吹かれて言うことを聞かない髪を掻き上げた。金色の線が増えた軍服の腕をカガリがぼんやりと見つめる。

「…何言ってるんだ。俺は二度もプラントを裏切ったんだ今更帰れるはずないだろ」

そう自嘲気味に言えばカガリは肩を叩いてくれた。アスランとしては一発くらい殴ってくれても構わないのに、と思った。昔の彼女ならば迷わずアスランを殴り飛ばしただろう。

決して弱くなったのではない。きっと守るべきものが大きすぎるだけなのだろう。

アスランは昔のようにカガリの全てを包んでやることはできない。カガリのように国の全てを包んでやることもできない。ラクスのように彼の全てを包んでやることもできない。

ただ、世界が平和になればいい。と願うだけだ。

そして平和になれば何をしたらいいのかわからなくて周りに取り残される。

「ごめん、な」
「謝らないでくれ。俺は俺の意思でここにいるんだ」

彼がいなくなった場所をどうやって埋めればいいのかアスランにはわからない。隣にいるべき彼はもう遠い空。

手を伸ばしても決して届きはしないというのに。
手を伸ばしても決して彼から見えはしないというのに。


届かないと見えないとわかっていてもアスランは手を伸ばし続けるのだろう。彼に
――大いなる宇宙に向けて。