Dismissal



敗戦しオーブ領となったプラントではレジスタンス活動が激化していた。オーブの施設を狙い、テロリズムを行う過激派の動きが目立っている。そしてプラント帝国内の思想の違いから毎日小さな争いが起こっていた。それは意図的なものだった。天地統合という政策を信じる親球派と信じない反球派。それぞれが対立し、同じ思想を持つ者で集まり、集会を行っている。

親球派というのは、一種の宗教に近く、神殿に仕える者を筆頭に形成されている。覇王を救世主と崇める彼らにとって天地合併は神の導きともいえた。元はひとつだったものがふたつになったことがそもそもおかしいのだと主張する。そして彼らはオーブの民衆のように皇弟であり天の王の子孫であるキラと帝国の象徴であり地の王の子孫であるアスランの血を分けた覇王を心待ちにしていた。

対する反球派は兵士達を中心とした人々で形成されている。ひとつのグループではなく、複数の組織が独立して活動を行っているため団結力は親球派に劣る。彼らの要求はオーブ帝国打倒、キラ将軍と現皇帝の処刑、そしてアスランの奪還にあった。過激派の殆どが反球派であり、プラントに駐屯するオーブ軍の鎮圧の対象となっている。

彼らを鎮圧するのは以前はプラントのものだったミネルバという大型船。最大の主砲と積載量を誇り、速度も従来の船の二倍。そして貫通しにくい防壁。黒塗りの船の乗組員が小さな争いにも介入する。そして連行されるのは反球派とみなされた人物のみ。彼らは連行されると一カ所に集められる。それは収容所だった。そこで労働を強いられるのだ。

既に収容された人間は女子供も含めて数百人にのぼる。しかし、彼らは鎮圧しても減ることはなく、駐屯軍は手を焼いていた。それどころか、親球派と反球派、駐屯部隊と反球派の争いは日に日に激化していくばかりである。その手に持つ武器は争いが起こる度に進化していった。その裏には皇帝が拘わっていることが専らの噂となっている。少なくとも大臣の一部が援助しているということは確実だった。

シンとディアッカは帰国するとすぐに皇帝への謁見を申請した。皇太子といえど普段ならば二週間以上かからなければ叶わないことだが、状況が不安定な今、敵国の情報を少しでも集めたい皇帝は翌日、彼を謁見の間へと迎え入れた。

シンとディアッカが謁見の間に入ると、そこには皇帝だけではなく、数人が集まっていた。その中にいるとは想像もしていなかった人物を見つけ、シンは明らかに気分が落ちていく。気にしないようにして皇帝に挨拶をした。堅苦しい言葉遣いは昔から苦手である。

「兄上、ご帰還、お待ちしておりました」

同じ歳の異母弟が、見下すような態度で言った。シンは曖昧に返事をする。

「シン、それでオーブはどうだった?」

皇帝の声にシンは反応した。そして深々と頭を下げる。オーブは、と一概に言っても若い彼の脳には入りきれないほどの情報が入ってきたのだ。短く纏めることは困難だった。その中でも一番重要だったこと、と考える。

「軍備は全く隠されていました。あからさまなほどで、どれほどの軍事力があるのかは全く」
「恐らく、軍のトップの考えでしょう。才知に長けていると聞きます」

シンの言葉に異母弟が続けた。聡明で武芸にも長けている。側室の子であるという理由だけで皇位第二継承者という位置にいる。だが、実際はシンよりも彼を皇帝にしようという声の方がずっと大きい。シンの後押しをしていたのは姉であるアスランくらいだろう。その彼女も、もういないのだ。

「それで、アスランからの情報は?」
「それが、姉上とは全く会話ができませんでした。隣には皇弟がいて、目を光らせていましたし、その後も半ば追いやられるようにして船に乗せられてしまったため」
「結局、収穫は無しか」

低い声が響く。ディアッカが横目で睨み付けた。アンドリュー・バルトフェルドである。プラントを代表する五騎士の一人、ディアッカの父亡き後、五騎士の筆頭となった人物だ。彼は第二皇子と騎士の契約を交わしていた。

「オーブは一筋縄ではいかないと言うことです」
「ただでさえ国内が混乱しているというのに……」

ディアッカにミゲルが続けた。締め切った謁見の間には衛兵はおらず、皇帝と皇子二人、五騎士、そして皇帝の側近がひとりいるだけだ。

「陛下、やはりここは密偵を送るのが妙案かと存じます」

クルーゼが言った。皇帝に謁見するときですら仮面を外さない謎の男だ。彼の素顔を見たものは一人もいないという。戦いの時ですらその優雅さを忘れないところは騎士というより貴族だろう。騎士といえど、彼はまだ誰にも騎士の契約をしていない。そのため正式には騎士とは言えないが、その高い能力から特別扱いされていた。仮面の男の意見にミゲルが賛成する。皇帝も頷いた。

オーブは情報漏洩には神経質になっているようだ。外から探りを入れても出てくるのはどうでもいい情報ばかりだろう。最近まで戦争をしていた皇弟やバルトフェルド達でさえ、オーブ軍がどうやって編制されているのか知らなかった。圧倒的な数でも勝てなかったのである。

ならばオーブ軍に潜り込むしか方法はない。満場一致でそれが決まった。

機密保持のため、その場にいる皇帝以外の人間が候補者に選ばれることとなるのは必然である。初めに口を開いたのはバルトフェルドだった。

「私は、皇太子殿下が適任と思います」

彼は手をあげ、はっきりと言った。シンとディアッカが目の色を変えて色黒の男を見た。シン口を紡いだため、代わりにディアッカが叫んだ。

「団長!しかし殿下は皇太子です。他の者にやらせるのが――」
「エルスマン、これは陛下のご意志だ。殿下と君がご旅行なさっているときに決まった、決定事項なのだよ」

“ご旅行"という表現にディアッカは憤りを覚えた。偵察の命をくだされ、殆ど成果がなかったことは認めるが、何もせず国内に留まっていた人間にだけは言われたくない。そしてそれ以上に策略のようにシンを追い出そうとしている彼の意図に気がつき、彼を睨み付けた。

ミゲルが諭すように首を振る。彼も知っていたのだろう、ディアッカは落胆した。

「それを拒否することは即ち陛下に背くこと。皇太子と五騎士といえどそれなりの罰を受けることとなる。それでも?」

彼の言葉は正論だ。しかし卑怯な手である。普通、こういった汚れ仕事は次期皇帝となる皇太子がするべきことではない。臣下である人物が潜り込むのは当然だが、ストックである第二皇子やそれ以下の継承者達がすることである。皇帝がシンを継承者と見なしていないことは薄々気がついていたが、こうやってあからさまな態度で示すのは初めてだった。

絶大な影響力を持ったアスランがいなくなった今、城の中も大荒れだった。

ディアッカが叫ぼうとするとシンが肩を叩き、一歩前に出て一礼をした“私が今から陛下に申し上げます”という意味の込められた行動である。シンの横顔は十を過ぎたばかりの少年には見えない。数ヶ月前よりもずっと大人びていた。

「……謹んでお受けいたします、陛下」

シンは元の位置に戻った。皇帝が誰を期待しているかを一番知っているのは彼自身である。見放されていることを感じたのは一度や二度ではない。成長するにつれて変わる周囲の目がいつもシンを苦しめた。彼は皇帝になるつもりはない。アスランは望んでいたが、彼にその意志はなかった。

彼が強くなりたいのはアスランを助け出すためである。オーブに潜入すればその機会はいくらでもあるだろう。それを含めて、この砂漠から逃げ出してしまいたかった。

皇帝への謁見を終えると、偽名と偽の経歴書をクルーゼから渡され、ディアッカは彼らの計画の綿密さを知る。そして細かいことは殆ど聞かされずに翌日帝国を出発した。

三日後、皇太子とその騎士が領内を出たことを確認し、皇帝は皇太子の死亡を公表した。