empire of water


オーブ帝国は水の都市。豊かなと緑に囲まれ、水に愛されている美しい帝国。全王が二番目の息子であるである天の王に統治をさせた地域である。城下町と一体化している厚い城壁とその周りを囲う堀には水が引かれ、そこを水路が通っている。多くの人々は船を移動手段に使い、城壁の中には船以外が通行できない造りになっていた。城壁の外側と内側には天の紋章を肩につけたオーブ兵が見張りをしており、その警備は厳重である。

その厚く高い城塞に何度も阻まれた、敵ながらすばらしい要塞だと父が絶賛していたのを彼女は覚えている。まさかこの目で見るとは当時思ってはおらず、子供心に見てみたいと思った。百聞は一見にしかず、ここまでの城塞を造る技術はプラントにあるだろうか、答えは“NO"だろう。

しかし条約でわざわざミネルバを物にしたということは恐らく造船の技術は乏しいのだろう。見た限りではミネルバ以外に大きな船は見受けられない。小舟が交うのがちらほらと見える。

壮大な濠という以上に、彼女がこれほど大量の水を見たのは生まれて初めてだった。透き通った水路には客室からでも魚がいることが窺える。水路の近辺には花が咲き乱れ、木々には鳥が羽を休めている。あまりの豊かさにアスランは驚きを隠せない。同じ大陸に属しているというのにプラントとオーブはまるで違った。

「殿下」

話しかけられてアスランは肩を震わせる。声の発せられた方向を見れば穏やかそうな顔がそこにあった。ミネルバが出航した際に彼女の護衛だと言っていたオーブ軍に所属する少年だ。恐らくアスランよりも年下でもしかしたらシンと同じくらいの歳であろう少年は優しそうな顔をしており、アスランに好印象を与えた。

しかし直後に入った左胸の勲章にその印象はがらりと変わる。彼もプラントの兵士達をその手に掛けたのだと思うと少なからず恨まずにはいられない。先ほどは軽い挨拶程度であったがオーブ本国に入ったと言うことで監視しにやってきたのだろうと察した。

「プラントとは大分印象が違うでしょう」

アスランは黙っている。彼女の気持ちを理解したのかしないのか、少年は少し悲しそうな顔をして続けた。

「ここは見ての通り“水の都"です。城下町にいたのはすべて兵士で戦争となれば戦地に赴きますが、普段は普通の町人や商人と変わらない暮らしをしています。訓練は欠かしませんが……こちらが城と町を結ぶ船着き場です。ここからは一般兵は進入が許されていません。僕を含めた一部の軍人と女官や大臣や皇族に限られています。」

ガイドのように一句一句決められたような彼の台詞を聞き流しながらアスランはぼんやりと外を眺める。そしてこの城砦から逃げられないことを察した。仮に城から逃げられたとしてもこの厚い砦からは逃げ出せないだろう。やはり、どうにもならないのか。

船から見える城は自分の育った城より格別に広くて大きく、緑も豊かで彼女が想像していた厳しい軍国主義な帝国とは大分違っていた。プラントより大分文明が進んでいるように感じた。

「こんなこと僕が言うのも何ですけど……僕は、殿下に一日でも早くオーブになれてもらいたいんです。それから、少しずつでいいからオーブを好きになってほしいんです。」

まっすぐな瞳で少年はアスランを見つめた。その瞳は無垢でこの国の水のように透き通っている。少し雰囲気は違うが彼女の弟によく似ているような気がした。この少年は本当にこの帝国が好きなのだという想いが伝わってくる。

「皇弟殿下も陛下もとても偉大ですばらしいお方です。殿下とは元を辿れば同じ覇王ですから、皆殿下を歓迎しています」

確かに先ほどから彼女に対する罵声は聞こえない。水路に並べられた花ももしかしたらアスランを歓迎するものかもしれない。

彼の言葉は真実だった。沿道に並んだ人々はミネルバを勝利の証しと喜ぶと同時に彼女と皇弟との婚姻も心から祝福していた。それは彼女が“プラントの女神"と呼ばれている存在だからではなく、彼女が地の王の子孫であるからだ。もし争っていた地の王と天の王の血筋が合わさった皇子が生まれてくればその皇子は全王の生まれ変わりとしてこの大陸の覇王となるだろう。人々はそれを強く望んでいた。

微笑みながらそう言うニコルはもうオーブこそが帝国の覇者なのだと信じて疑わない。元を辿れば同じというのならどうして争ったりするのだと心の中だけで毒を吐く。そんなことはおかしいと彼女は皇帝もその弟も絶対に信じないし、認めたくなんてないと思った。

「あ、申し遅れました。僕……いえ私はニコル・アマルフィです。オーブ帝国軍宮廷魔導系攻撃隊隊長です」
「宮廷魔導系攻撃隊?」

聞き慣れない言葉を返すとニコルは彼女が興味を持ってくれたのが嬉しいのか、柔らかい表情を見せた。少年特有のあどけない笑顔はやっぱりアスランは嫌いになれないようだ。

「オーブでは魔法の研究が進められていて、百年ほど前から実戦に投入されています。まだ種類は少ないですが火を操ったり、雷を呼んだり……でもやはり環境的に水を使った魔法を皆得意としますね」

全王が覇王になった際に魔法を一冊の書物に封じてしまったとおとぎ話で聞かされていたアスランにとってそれは驚愕の事実だった。覇王の血が流れている皇族には代々特異な能力を持っている人間が少なくないが軍隊が出来るほどの人数ではない。恐らく書物と特異な能力を生まれ持った皇族を研究材料とし、魔法を復活させたのだろう。

「でもあまり使いすぎると疲れてしまって、バテちゃいます。たくさん使うとすごい食欲で、僕は特に甘い物が欲しくなっちゃうんです」

甘い物には目がなくて、と癖のあるうす緑色の髪を一束指先で弄りながらニコルが恥ずかしそうに小さく笑った。こんなに無垢な少年が隊長を務めるなんて、一体オーブの軍はどうなっているのだろうか。そんなことを考えてしまうのは彼女がかつて皇帝の代わりとして国を纏めていたからだろう。彼女の記憶では軍の幹部はほとんど中年ばかりだった。

この国と故郷の共通点を探すことは思ったより困難だった。けれど何を見てもプラントを思い出してしまう。もう二度と見ることは叶わないだろう故郷はディアッカもシンも、彼女を支え、ついてきてくれた人たち全てがプラントに存在する。彼らのためにもアスランはオーブに嫁がなくてはならない。そこが彼女の墓場だとしても。

誰もが願ったように戦争は終結した。大いなる犠牲と憎しみの元に築き上げられた偽りの平和は何を生むのだろうか。始まりがあるものには全て終わりがあるように終わり終わりあるものには全て始まりがある。何かが終わったとき、何かが始まるものなのだと

仮初めのわり、新たなる憎しみのまり


To be continued……