悪夢のメインゲート
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「シン君ってザラさんと仲いいよね」 下校しようとしたシンは話しかけられ、足を止めた。何か用があるのかと話し続けて数分。相手はやっと本当の質問をしてきた。シンは彼女のことを知っていた。未来では近所に住む噂好きのおばさんだ。シンの知っている彼女は膨よかでさっぱりとした印象だが、この時代の彼女はぽっちゃりとはしているものの、年頃特有の明るさが入っている。そのため彼の知っているおばさんとは別人に思えた。やはり噂好きなところは昔からということを、たった今知ったのである。 「好きだったりする?でも彼女にはカガリいるし」 目の奥を輝かせる彼女にシンは後退りをする。彼女はどんな言葉を期待しているのか。カガリとシンとでアスランを奪い合ってほしい、そんなドラマのような展開を恐らく彼女は求めている。それにキラとその恋人のラクスが加われば十分楽しめるだろう。しかし、彼は他人の娯楽に付き合うほど余裕はない。 素っ気ない返事をして歩き出すと、ゲートに向かうカガリとアスランを見つけた。関係を見せつけるためにアスランはカガリと共に下校していた。しかしそれはシンが来る前の二人と変わりがない。初めてシンがアスランを見つけたときも彼らは共にいた。 「やぱり、好きなの?ザラさんのこと」 目を細めたシンを見逃さなかった彼女が、核心を突く。正直に言えば“イエス"だ。しかし、そう告げるわけにはいかなかった。関係を知るものが少なくとも、アスランとシンは母子なのだから。 「彼女とは親戚なんだ」 静かな声で発すと、彼女から離れる。何も知らない彼女にこれ以上心を乱されたくなかった。楽しそうに笑うカガリが嫌でも目に入り、それを睨み付ける。彼はシンの記憶通りやはり親切だった。アスランからシンを庇い、誰よりも先にシンの言葉を信じた。しかしそれは彼の偽善だ。その親切心の裏には汚れた欲望を隠し持っている。それをシンはよく知っている。だから、彼に母親を奪われるわけにはいかなかった。 睨み付けながら歩くシンのすぐ傍に、キラはいた。 「今日はわたくしのご機嫌取りにでもいらしたのですか」 珍しく、と強調しラクスが微笑んだ。キラと同じく感情の籠もっていない笑顔がそこにある。それに気がつきつつも曖昧な返事をした。キラがどんなに考えてもキラが好きなのはラクスだった。他の女性を抱いているとやはり彼女だけが澄んでいることを実感する。彼女が必要だった。 「彼女はもう無理だよ。なんていうか、他の子と違う。屈辱だけど……」 キラは両手を挙げて降参するポーズをとった。ラクスが口元に手を当てて笑う。珍しく声をあげて。 「あら、あなたに落とせない女性はいないのではないのですか?」 自信満々にそう宣言したことをキラは今になって後悔した。確かに彼女に無視され続けるまではそうだった。しかし、ここに来て彼のプライドは瓦礫になった。彼は自分のそれをもう一度作り上げるために彼女は実はレズビアンなのだと思うようにしている。実際には異なっているが、そう念じなくては自分が保てなかった。 キラとラクスが並んで歩いていると、周囲が噂を立てている。単語に知った名前が入っているが、ラクスとキラを肯定する言葉がほとんどだ。客観的に見てもキラにはラクスが一番だと誰もが思っているのに、彼女はそれを否定する。理由は言わず、笑顔を浮かべているだけ。今日も、キラが迎えに行かなければすぐさま帰ってしまっていただろう。キラが求めなければラクスは応じない。いつもそうだった。 「ラクスは僕に愛想が尽きたの?」 「何故そう思われるのですか?」 質問に質問で返され、苛つきが増す。納得が出来ない。ラクスはキラの心が手にとるようにわかるらしいが、キラは彼女の心の表面すら理解できていなかった。常に一方的な関係なのだ。 「僕が君に恋してないとか、急に」 「急にではありませんわ。ずっと思っていたことです」 柔らかいトーンでラクスが言う。言葉はそれと反対だった。キラは黙りこくる。 「わたくしはキラのお母様にはなれませんわ。どんなにあなたがそれを求めたとしても」 キラが母に飢えているはずはなかった。彼の母親は健在で、カガリと同じく愛情を注がれて育った。キラは何でもそつなくこなすため、母の手からすぐに離れたが、母に嫌われて育ったという記憶はない。ラクスにそれを求めているはずなかった。 「カガリさんのことが、お嫌いなのは何故ですか?」 「……目障りだから」 「何故、目障りなのですか?」 「……知らない、そんなの関係ないよ!」 記憶にも残らない根本を探られ、不快になった。彼自身がその答えに気がつかず、知りたくないと思い出すことを拒絶した。キラは彼女から逃げたいと初めて感じる、やっとラクスから顔を背ける。するとそこに崩れる人間を発見した。 |
17.Because of→ |