「……フリ……ーダム?」 白いカラーリングに青と黒の羽、金色の関節部、そして頭部にZGMF-X20Aの型式番号。太陽に反するようなヴォワチュール・リュミエールを発展させたスラスターの光は幻想的でアスランは驚きと、その美しさにしばし呼吸をすることを忘れてしまった。 ゆっくりとフリーダムはアスランの目の前で着地する。アスランの藍色の長い髪がフリーダムの起こした風に靡いた。瞬きもせず、アスランはフリーダムを見上げる。この機体に搭載されている高推力スラスターが扱えるのはこの世界で恐らくたったひとり、彼以外にあり得ない。 頭ではわかっているが、状況が呑み込めずにアスランは混乱した。 アスランが動かないままでいると、コックピットが開き、見慣れない青いザフト軍のパイロットスーツ姿の男が姿を現す。ゆっくりと下降し、アスランとその男は向かい合った。 男がゆっくりとヘルメットを外す。茶色いストレートの髪、日に焼けた肌、紫の瞳。見慣れた顔がそこにあった。それはアスランがずっと会いたいと思っていた存在であった。疲れているから願望で幻覚が見えているのかもしれない、とアスランは両手で目を擦った。それでも目の前にいる男は消えない。 それどころか彼は表情は見たことのない複雑そうな表情を浮かべている。それは別人のような顔で、アスランは口を半開きにしたまま彼の顔を眺めていた。 「……キ」 彼が名前を呼ぶ前に、キラはアスランを抱きしめた。アスランは包まれている腕の感触にやっと彼が本物のキラだとわかると、こみ上げてくる気持ちを抑えきれず、目頭が熱くなっていくのを感じる。それを必死に奥に奥に締め付けた。 「アスラン……アスラン……アスラン!」 段々と大きくなるキラの声。腕の中に包んでいる久々の恋人の感触をゆっくりと思い出し、力を強めた。手加減せずに込める腕にアスランの口から痛みを訴えるような小さな吐息が洩れる。キラはそれすら愛おしくて、折れてしまえばいいと心で呟きながらアスランとの隙間を作らないようにくっつき、更に力を込める。 「アスランだあ……」 「キラッ!?」 どうしてここに、とアスランが尋ねても、キラは答えずにアスランの肩に顔を埋めた。行動を止めていたアスランの左手が添えるようにキラの背にまわされる。質問することを止めたらしく、彼も同じくキラの肩に顔を埋める。アスランの小さな吐息がキラの耳を掠める。その色気にキラは唾を飲みこんだ。 「キラ、そろそろ力を緩めてくれないか?流石に痛い……」 時間にすると五分程、離れていた時間を埋めるように言葉を交わすことなく抱き合っていたキラとアスランだったが、先に口を開いたのは状況の呑み込めていないアスランだった。 「やだ……まだ離さない」 キラが骨を砕かんばかりの力を緩めようとせず、子供のように駄々をこねる。半年間触れることの出来なかった体はほんの五分では満たすことなど不可能だ。アスランは彼の耳元に口を近づけ、そっと囁いた。 「お前の顔……ちゃんと見たい」 言い終わるとアスランはキラの耳に口付けをする。キラは彼らしくない言動と行動に体温が上昇していくのがわかる。しかし耳に落とされた彼の唇の方が熱く、そして柔らかかった。 アスランの言うとおりにキラはゆっくりと彼を抱きしめる腕を緩めた。目の前に現れたのは日の出に染まる恋人の姿だった。藍色の髪は太陽に照らされ紫色に反射し、眩しそうに目を細めていた。 キラが彼の美しさを再確認していると、視界の隅からアスランの腕が伸びてくる。そしてキラの頬にそっと触れた。相変わらず手がひんやりと冷たくて、自身との体温差にキラは一瞬体を震わせる。それから冷たく優しい手に自分の手を重ねた。 「ジャストに間に合わなくてゴメンね」 発した直後、キラはゆっくりと瞳を閉じ顔を傾けた。同時にアスランも瞳を閉じる。お互いに近づくとゆっくりと唇を重ねた。半年ぶりに味わったキスにお互い意識が囚われそうになる。キラは一度解放したアスランの体を再び引き寄せ、先ほどとは違い、優しく包み込んだ。 「来られないんじゃなかったのか」 「ん、僕は第二の“不可能を可能に変える男"だからね」 悪戯にキラが笑い、お互い鼻を擦りつけ合う。その後自然と再びキスをする。 いつもより長い口付けの最中にアスランはふとあることを思い出した。右手に握られたままの安全装置の外れた銃がアスランを現実に引き戻したのだ。アスランは我に戻ると、キラから唇を離した。いきなりの行動にキラは驚きの声をあげる。 「カガリが危ない!」 「カガリ?」 なんということだ、思ってもみないキラの出現に忘れていたが、カガリの身が危険に曝されているのだ。アスランは急に焦り、自分の愚かさを呪った。カガリを支えるためにオーブに戻ったというのに、何をやっているのだ。キラのこととなると見境がなくなるとはいえ、あまりに不謹慎すぎた。 「私ならここにいるぞ」 後ろから聞こえた声にアスランは固まった。ゆっくりと後ろを振り向けば見慣れた顔。金髪の髪を簡単に結ったカガリが腕を組み、キラとアスランに近づいてくる。アスランは声にならない声を出し、彼女に駆け寄った。 「官邸前でいちゃつくな、この馬鹿共ッ!」 「カガリ!無事なのかっ!?」 彼女の肩を掴むと、アスランは体を揺さぶった。一通り体を見てみるが怪我どころか服に汚れすら見当たらない。至って普段の健康そのもののカガリだった。あまりにぺたぺた触るアスランにカガリが拳を握り、思い切り頭を叩く。 「この鈍感!」 「いっ、叩くことないだろ。どうゆうことなんだよ、緊急事態だって言うから飛んできたのに」 「ああ、まさか本当に飛んでくるとは思わなかったがな、私は。いくら何でも三階の窓から飛び降りるなんて、無茶しすぎだぞ!」 カガリの言葉に今度はキラがアスランの体をぺたぺたと触りまくる。 「アスラン飛び降りたの?大丈夫っ?もう、すぐに無茶するんだから」 彼ならやりかねないが、あまりに無茶すぎる。コーディネーターとはいえ彼も生身の人間だ。焦ると前後の見境がなくなるのは相変わらずといったところだが、これではいくら命があっても足りないだろう。何かを守ると決めたときのアスランは誰よりも強いことをキラは知っていたが、何よりもアスランの体が心配だった。 「もしかして、俺を誘き出すための嘘だったのか?」 キラとカガリの会話の内容と置かれている状況の矛盾にアスランがやっと気がついた。急にアスランの顔から感情が消え去る。それを見てカガリとキラは嫌な予感がする。 「……アスラン、悪か――」 「カガリは悪くないよ。僕が、君を驚かせたいからって……無理言ったから」 キラはまっすぐにアスランを射抜く。カガリは我儘を言えば大抵のことは協力をしてくれる。それにつけ込んだ、アスランが嘘が嫌いだと言うことは知っていたが、それでも驚かせて、喜んで欲しかった。 「俺は本気で心配したんだ……カガリに何かあったらと」 「ゴメン……久しぶりに会うから、感動的な再会を演出したくて」 あまり反省していなさそうな言葉を放つキラにアスランが頭を抱える。何事もなく済んだのだし、半年ぶりに再会したのだから、これくらいは大目にみてやろう。自分のためにしてくれたことだというのはきちんとわかっている。 キラに対してはとことん甘い自身にアスランは苦笑する。 「……誕生日おめでとう、アスラン」 キラはアスランの手を握り、彼から視線を逸らせずにそこに唇を落とした。可愛い表情を浮かべていた彼がいきなり大人びた表情に豹変するので、胸が締め付けられるような感覚がアスランを襲う。これを“ときめき"と呼ぶのならなんて女々しいのだろう。アスランは何度もキラに恋をしていた。 「トリィ」 フリーダムのコックピットから出てきたトリィが二人の頭上を飛び回り、最終的にアスランの肩に留まった。先日のミリアリアとの会話を思い出し、アスランは穏やかな気持ちになる。飽きっぽく、物に執着しないキラが唯一持っているもの。それは彼との絆の象徴だった。 「ルナマリアとメイリンがケーキ焼いてくれたんだよ、君好みの甘さ控えめの。あとシンからも、イザークやディアッカからのもあるんだ。みんななんだかんだ言って君のこと大好きだし」 アスランは戦友達を思い浮かべ、自ずと笑顔になる。一度は銃を向け合った中の者がほとんどだが、今となっては何よりもかけがえのない大切な仲間である。それが遠く離れていようとも変わらなかった。 「でも、まずはラクスのプレゼントからね」 アスランは意外な人物のプレゼントに一瞬戸惑った。ピンクの髪を靡かせ贈ったハロを大切そうに胸元に抱きしめる元婚約者が自然と浮かび上がる。フリーダム強奪事件を機に婚約は消滅し、互いに友人として歩み始めていた。人で遊んだり悪戯が好きな彼女のプレゼントと聞き、少し嫌な予感がする。 「三日間、僕に休暇を与える」 「え……?」 身構えていたアスランはキラの言葉に驚き入った。暫くかたまったままで十数秒後、やっと彼の言葉を理解した。 「メールの後さ、やっぱり諦めきれなくて寝たりご飯食べたりしないで仕事片付けたんだよね。でもラクスってば最初からアスランの誕生日は休暇をくれるつもりだったんだって」 「だが、俺は通常業務だ。だから……」 申し訳ない気持ちでいっぱいになり、俯いた。キラが休暇をもらっても、アスランは多忙を極めている。一日どころか半日の休暇でさえ難しかった。急に今日休暇を欲しいと言っても受諾されないだろう。せっかくのラクスのプレゼントが無駄になってしまうことに肩を落とす。 「そこの所は心配なさんな」 アスランの心の雲を晴らすが如く、声を出したのはムウ・ラ・フラガである。ムウは正義の味方のよう颯爽と現れ、すっかり昇った太陽に煌々と照らされる金髪を靡かせていた。その後ろで腹部の出てきたマリューが顔を出した。カガリの隣にはキサカもおり、アスランはやっとたくさんの人間がいることと、彼ら全てがグルだったことに気がついた。 ミリアリアなどは隠れることもなくカメラを向け、シャッターを切っていた。この様子ならば先ほどの再会のラブシーンも皆に見られていたと考えるのが簡要だろう。 「私からのプレゼントは、お前の休暇三日間だ」 「カガリ……」 笑顔を向けるカガリにアスランは近づいた。アスランが感謝の言葉を述べると、カガリは頬を染めて照れを隠すように他所を向いてしまった。彼はそのことに溜らなくなる。アスランはカガリの肩に手を乗せた。 「いつもお前には助けてもらってるし、誕生日プレゼントというかご褒美だ。別邸も好きに使っていいからな」 彼女は肩に乗せられたアスランの手を取り、そこにアスハ家別邸の鍵を握らせる。その瞬間、鍵を持っている手を後方に引かれ、アスランは驚きの声を上げた。驚くのは今日何度目だろうと数えようとして、それを手を引いたキラに阻止される。 「アスラン、行こう」 キラは一度アスランの手を解放すると、アスランに手を差し伸べた。太陽の光を浴びたキラは煌々としていて、神聖な存在のような錯覚すら感じられる。 アスランは迷うことなく彼の手を取った。そして無邪気なキラに引かれてフリーダムへと乗り込む。彼がコックピットのパイロットシートの後ろに立とうとすると、腕を強引に引かれバランスを崩してしまう。 「ここに座るの」 頬を膨らませたキラは自分の太ももをぽんぽんと軽く叩き、アスランにそこに座るよう促した。言い出したらてこでも動かないのは相変わらずだ。 「俺の方がお前より重いだろ、無理なんじゃ――」 言い終わる前にキラが無理矢理アスランをキラの膝に乗せてしまった。アスランは仕方なくそれに従う。前向きだと操縦が不可能なため、抱きかかえられるような体勢である。アスランはキラの首に腕をまわした。 「あんな風に祝福されると結婚式みたいじゃない?」 キラはモニターを指さした。カガリやフラガ、バルトフェルド達がフリーダムに向かって手を振っている。冗談で発した言葉に、アスランは小さく笑う。確かにそう見えるかもしれない。 「じゃあ、ハネムーンに行くとするか?」 アスランもキラの冗談に便乗した。しかしその半分は冗談でないことをお互いに意識する。狭いコックピットでトリィが飛び回っていた。二人っきりで過ごす貴重な時間は甘い甘いハネムーンのようなものだった。 「了解。そうだ、最後に僕のプレゼント発表するね」 「お前からもあるのか?」 キラがこうして会いに来てくれて、これから三日間も一緒に過ごせることでアスランは満足していた。だがキラのことだから何かプレゼントしないと気が済まないのだろう、普段はだらしないが、変なところはA型らしかった。 キラはフリーダムを起動させ、下で手を振る仲間達が吹き飛ばされないように少し距離を置いてからスラスターを弱めに調節して上昇させた。デリケートな高推力スラスターをここまで自在に扱えるのはキラくらいだろう。段々と小さくなる仲間達に背を向け、フリーダムはオーブ本島から少し離れたアスハ邸の別宅へと向かう。 安定した高度と速度を保ったフリーダムのモニターからアスランへと視線を移し、キラが笑顔を向けた。アスランはその視線に体が熱くなるのを感じる。キラの視線はアスランを正常から遠ざけていく。この大人びた目に弱いのだと彼は自覚しているつもりだった。 「僕からのプレゼントはね、最高の三日間を君にあげることだよ」 キラはアスランの唇を奪い、解放する際に口端を舐めあげた。アスランはまたもや思っても見なかったプレゼント内容に素っ頓狂な声をあげる。しかし、すぐにそれは物に換えることの出来ない最高のプレゼントだと思い、驚きから喜びに変換された。 「心も、勿論体も。だから覚悟しといてね」 彼のアスランの腰にまわした手の力が強まり、鼻を擦りつける。はにかみながら、彼に了承したことを伝える。 アスランは三日後にこの腕を離せるだろうかと今から心配した。きっと無理だろうと苦笑いをし、キラの頬に触れる。澄んだ紫色の瞳がアスランを映し、光り輝いていた。後のことは考えず、三日間彼のプレゼントを贈られ続けようと彼は期待に胸を膨らませた。 鮮やかなオーブの海とそれに融けるような青空を、二人を乗せたフリーダムが空と海の境界線に混じるような幻想的なスラスターを振りまきながら飛んでいった。 END |